JACTIM広報委員会
突撃レポート ~ 「Yakult(Malaysia)Sdn. Bhd.」 濱田様~
JACTIM機関誌「会報」や「会報デジタル版」では、JACTIM活動の報告や役立つ情報を満載しています。その連載記事の一つである“突撃インタビュー”では、当地域の様々なトレンドを紹介すべく、JACTIM広報委員が話題の人物や会社を訪れて取材を行っています。
今号の突撃レポートでは、クランタンFAやU-17代表チームなど、マレーシアのサッカー界への支援を通じて地元の方々、特にマレー系からの支持を得ることに成果を挙げてきたYakult(Malaysia)Sdn. Bhd.の濱田浩志社長にお話を伺いました。
特にBtoC事業を行う企業にとって、国や州政府から政治家、現地企業等に至るまで、現地の関係者との関係構築に重要なことは何なのか。マレーシアで事業を開始して17年、ご自身の駐在も14年に及ぶ濱田社長が、具体的な事例を交えて非常に示唆に富むお話を共有くださいました。
以下、報告します。
(※インタビュー内容は、2022年1月25日時点のものです。)


~オンラインミーティング中の様子~
濱田社長
1. まず、御社のマレーシアでの事業概要を教えてください。
マレーシアでの乳酸菌飲料の製造・販売が主な事業となります。マレーシアでは、2004年の2月から事業を開始し、この2月から18年目に入ります。ただ、当社はASEANのほとんどの国に進出しており、シンガポール、タイ、フィリピン、インドネシアなどではすでに40年以上の歴史があるため、マレーシアは比較的新しい事業所ということになります。
マレーシアへの進出が他の周辺国より遅れることとなった理由の一つが、マレーシアの乳酸菌飲料の地場メーカーの存在です。同社が、日本国内でヤクルトが使用している、いわゆる「こけし型」のパッケージの権利を登録していたため、同じ「こけし型」での販売が出来ず、ヤクルトACEという異なるパッケージの商品で事業を開始したのが2004年です。また、マレーシアでは、以前は商法により外資100%での事業進出が不可とされていたためパートナー探しに苦労していたのですが、2002年の同法改正により外資100%での会社設立も可能となったため、正式に会社・工場を設立し、ハラル認証も得て、2004年2月より事業を開始しました。


2.ASEAN各国に進出されているとのことですが、東南アジアでは特にこの国で人気がある、などの傾向はあるのでしょうか。また、マレーシア市場に特徴的なことがあれば教えてください。
当社は1964年の台湾を皮切りに海外に進出していますが、私どものような飲料ブランドというのはその国で浸透するまでにそれなりの時間がかかるため、やはり歴史の長い国での売り上げが高いです。また、人口の多さが売り上げにも影響しますので、現時点ではインドネシア、フィリピン、タイの売り上げが高いですね。
マレーシア市場の特徴ですが、まず1つ目が、人口の7割近くを占めるムスリムの方々が「口に入れるもの」に対して非常に保守的であるため、「日本ブランド」が通用しない、ということかと思います。私はマレーシアの前にインドネシアで1年働いており、既に現地でかなりヤクルトが受け入れられていたこともあって、当初、インドネシアでのマーケティング手法がある程度こちらでも通用するのではと思っていました。ですが、同じムスリムでも考え方が全く違いますので、当地では「高品質」「日本製」といったことを強調しても全然響かないのです。
2点目は、14年間この地で仕事をしてひしひしと感じることでもありますが、民族ごとの違いが大きいため、「マレーシア」として一つで捉えたい思いはあるものの、実際は、それぞれ違う手法で展開する必要があるということです。1つのマーケティング手法で異なる民族、ないしは属性を制覇して販売を拡大していくことは不可能と感じています。
3.「口に入れるものについては日本ブランドが通用しない」という点についてもう少し詳しく教えていただけますか。
当地でも、機械、電化製品、自動車、といった分野は、比較的「日本」というブランドが通用しやすいと思いますが、食品・飲料といった「口にするもの」や化粧品などの「肌身に着けるもの」については、ハラル認証をとりさえすれば問題なく事業が展開できるわけではない、ということです。最初にお話ししたように、当社も工場をこちらでつくり、ハラル認証を得たうえで事業を開始しましたが、最初のころは、「このハラルマークはコピー&ペーストではないのか」、「日本で作って輸入しているのなら、ハラル認証は日本でやっているのか」、などと聞かれ、「工場はマレーシアにある」と伝えても「証明書を見せてほしい」と言われたりもしました。つまり、マレーシアのムスリムの方々は非常に保守的で、国産品への信頼度が高いため、「日本ブランド」を強調すればするほど、警戒されました。
よって、当初はパッケージにも日本の国旗をつけたり、Japan Brandなどの用語を入れたりしていたのですが、これを全部やめ、表記はマレー語と英語のみとし、デザインもマレーシアらしくすることで、ぱっと見、マレーシアのブランドであるかのように変更しました。加えて、販売方法も見直しました。というのも、当時は売り上げの8割が中華系と在留邦人の方々で占められていましたが、中華系は全人口の2割強程度ですので、マーケットとしては小さすぎます。従い、人口の7割近くを占めるムスリムに拡大していく必要があり、その方法として、訪問販売の「ヤクルト・レディ」にマレー系を起用し、ハラル認証のコピーを持ち歩いて「マレーシアの工場で作られた、マレーシアの商品です」ということを丁寧に説明してもらうことにしました。
このような経験から言えることは、日本から進出する食品関連の企業様にとって、ハラル認証を得ることはもちろん初めの重要な一歩ではありますが、認証さえ取れれば「高品質」で「美味しい」という日本食のイメージで売れるかというと、そう単純ではないということです。たとえば、ハラル認証を得た日本の食品が、スーパーの日本食コーナーに陳列されているのをよく見かけますが、特にムスリムの方々はそもそも日本食コーナーにはいかないので、本当にムスリムに売りたいなら、同種のローカル製品の陳列棚に並べないと意味がないように思います。


4.マレーシアのサッカーチーム・選手へのサポートも、ムスリムへのマーケティングの一環として始まったと伺っています。その背景について改めてお聞かせください。
マレーシア進出当初は、「Everybody, Everyday(毎日、どなたでも)」というスローガンを掲げ、民族を超えて誰にでも愛される、というコンセプトでマーケティングを行っていたのですが、あるとき、当時のムスリムのマーケティングマネージャーから、「言いたいことはわかるが、メッセージがニュートラルすぎて誰の心にも刺さっていない」と指摘され、目が開かれる思いがしました。
その後、2014年頃からは方向性を完全にムスリム向けに転換しました。ちょうど、それまでの人気のタレント等を活用した「インフルエンサー・マーケティング」があまり消費者に響かなくなっていた時期でしたので、もっとマレーシアの消費者の生活に根付いたところで共感を得るやり方はないかと模索しており、人口の7割近くを占めるマレー系、7%ほどを占めるインド系がともに好きなスポーツである「サッカー」への支援を思いついたのです。それが2016年、実際にアクションを起こしたのは2017年です。
ただ、一口にマレーシアのサッカーチームといっても様々で、王室の資金援助を得て急速に力をつけた強豪ジョホールから、歴史のあるスランゴール、その他さまざまなチームがあります。本社からは、これら強豪チームを支援すべきとの声もあったのですが、私どもの場合、チームが有名であるかどうかよりも、「ムスリムに愛されること」が大きな目的であったため、人口の95%以上がムスリムであるクランタンのサッカーチームであるクランタンFAに着目し、2017年からスポンサーになりました。




決め手はいくつかあるのですが、まず、クランタン州はご存じの通り非常に保守的で、州内に映画館がないほか、独身男女の交際は認められておらず、見つかった場合5,000リンギットの罰金と鞭打刑2回に処せられるという厳しさです。従い、もしクランタン州でヤクルトが受け入れられれば、他州の消費者にも「あのクランタン州の人々が飲んでいるのであれば、ハラル認証は間違いないであろう」との安心感が醸成されるのではと考えました。次に、そこまで厳しい州でありながら、驚くべきことに、サッカースタジアムだけは男女で行ってもよいとされるほど、サッカーが人気です。しかも、同州はマレーシアで最も世帯収入が低い州で、多くの方が他州に出稼ぎに出ているため、クランタンFAの試合にはアウェーでも観客が集まるとも聞きました。であれば、このチームを支援すれば他州にも広がりが期待できるのではと考えたのです。さらには、当時クランタンFAの会長はUMNOでも力のある政治家だったのですが、そうした政治家とのつながりを作っておきたいという思惑もありました。
すこし話がそれますが、ムスリム・マーケットへの進出を考えた際、スーパーやヤクルト・レディからのアプローチだけでなく、クランタン州の公的機関へのアプローチも重視していました。というのも、競合他社の地場メーカーには46年の歴史があり、マレーシアの方々と話すと「子どもの時に飲んでいたあの味」とのイメージが定着しています。日本からの新興企業である我々には、そういうノスタルジーを感じてもらえる歴史がないため、小中学校の売店においてもらうことで、彼らが大人になったときに懐かしく思い出す味になってほしい、という思いがあったのです。サッカーへの支援を軸に、そうした世代へのアプローチも可能になるかな、という期待もありました。


~オンラインミーティング中の様子~
左:柏村委員
右上:濱田社長
右下:梅枝委員
5. 国の機関や政治家、州政府等様々な人々との関係づくりにおいて苦労した点、限界を感じた点、逆に楽しさや良かったことなどありましたら教えてください。
スポンサーという形で投資する場合には、短期で回収するのは困難という気持ちを持っておくことが重要だと思います。イスラムの五行の教えの中に「喜捨(ザカート)」というのがありますが、当社の場合は、これに似た心持ち、つまり、投資をすぐに回収しようとするのではなく、スポンサー資金は寄付する気持ちで相手に託す一方、どういう活動をすれば地元に貢献できるかを第一に考えて我慢強く取り組んできました。現地の方々と「何か一緒にやっていきたい」という姿勢を大切にしています。
そのために、実は、日本のJリーグのスポンサーの在り方についても勉強しに行きました。よく言われる「アクティベーション」、つまり、地域貢献活動を各スポンサーがどのようにやっているか、どのような形でサポーターや地元の方たちと向き合い、かかわっていくか、について学ぶためです。マレーシアでスポンサーをすると、領収書に「Donation」と書いてあって、「税額控除できますよ」と言われたりしますが、当社としては、税額控除を超えたつながり、つまりチームを支えるファンや地元の方々との絆を作っていくことを重視していると伝えています。
一例として、当社は製品をスーパー等に納品する際、スタッフ自身が陳列まで行うのですが、その際にユニホーム姿の有名選手も一緒に行ってもらったり、ヤクルト・レディと一緒に各戸を訪問してもらったりすることで、スーパーのバイヤーや店員さん、買い物客などもとても喜んでくださっています。こうした活動によって、クラブチームのほうもファン層が広がったり入場者数が増えたりというメリットがありますし、当社も製品の認知度が上がる、いわばWin-Winの関係が築けるわけです。結果、クラブチームのファン、個々の選手のファン、そしてヤクルトのファンを増やしましょう、という形です。こうした活動が、その後、小学校のサッカー教室などの活動につながり、結果的に小中学校の売店での販売許可の取得に繋がっていきました。
一方、限界を感じたのは政治的な部分です。サッカークラブの運営は1つの票田となるため、どのクラブチームにも政治家がその運営に大きくかかわっています。幸い当社は食品メーカーであり、健康を標榜している企業なので、建設業などと異なり無理な要求をされることは少ないのですが、とはいえ、選挙の際にはそれなりに要求もあります。ですが、マレーシアで事業を展開する日系企業としては政治的にニュートラルである必要があるため、これ以上踏み込むといずれかの陣営につかなければならない、という限界まで来た場合には、必ず引くことにしています。
これらの経験から、スポンサー投資を通じてブランディングをし、現地とかかわっていこうとする場合に非常に重要なのは、きちんと政治を勉強する、それも過去だけでなく現在進行形で勉強していくことです。いろんな政治家からのアプローチがありますが、その方のバックグラウンドやプロファイルをきちんと調べ、現在SNS等でどのような発言をしているか、どういう人とつながっているか、などを把握する必要があります。いろんな方から声がかかるということは、それだけマーケティング自体は成功しているとも言えますが、どういうときに押して、どういうときに潔く引くか、その匙加減は、相手によっても、また状況によっても変わるので非常に難しいです。
6.一般的な駐在員の任期が3年程度だとすると、そうした政治的事情を正確に把握するのはかなり難しいように思いますが、現地の方々との関係づくりにおいて、ご自身が大切にされている姿勢やポイントなどがあれば教えてください。
駐在員の場合はその方の対マレーシアビジネスを行う上でのスタンスにもよると思います。当社の場合は、マレーシアの地元の方々にとことん入り込んでいってビジネスをしようと決めたこともあり、端的な例でいうと、自分自身はゴルフをやめました。つまり、当地で日系企業を相手に事業を展開していく場合には、おそらくゴルフを通じた情報交換や関係構築は非常に役に立つと思うのですが、地場をめざすとなると異なってきます。実際、金曜や土曜の夜に各地でサッカーの試合があるので、それを見て回っていると、その間隙を縫ってゴルフ、というのは無理でした。


マレーシアのマーケットもウェットな部分が大きく、結局最後は人間関係で決まる、ということが多分にあります。「飲んだシロップ(=ローズシロップに練乳を加えた飲み物)の数で決まる」ともいわれるほどです。私が実際に飲むのは砂糖なしのアイスコーヒーですが(笑)、実際、夜の11時に試合が終わって、その後午前1時、2時頃まで何杯もアイスコーヒーを飲みながら話をして関係性を作ってきた、というのがあります。誰にでもお勧めできる方法ではないですが、実際これくらいしないと理解し合えない部分も多いというのはあります。あとは、私のマレー語はビジネスの深い話を出来るレベルではないので、地場にとことん入りこむなら、最初からもっと覚悟を持ってマレー語をやっておけばよかったという思いはありますね。
7.サッカー支援から派生した、各州の小中学校へのアプローチの面では、何か難しい点などはありましたでしょうか。
2017年にクランタン州から始まった小中学校へのヤクルトの配置ですが、2018年の8-9月ごろから全国展開が認められることとなり、現在は、全国で約11,000校ある小中学校のうち、約3,500校に配置しています。学校の売店に冷蔵庫がない場合も多いので、ヤクルトのロゴ入りの冷蔵庫と一緒に置かせてもらうという形で契約を結んでいます。2020年3月からのコロナによる学校閉鎖で、当初想定よりはスケジュールがずれこんでしまっていますが、漸く学校も再開し始めましたので今後もさらに拡大していく予定です。
実はこの事業を開始する際にも、一筋縄ではいかない部分があったため、各学校の校長が集まる「校長会」にアプローチし、各州の校長先生方を一週間ほど日本に招聘して、日本の小学校の給食の現場や食育の様子を見せたりするプログラムを実施しました。当社の工場が富士山の近くにあるので、富士山を見せつつ工場見学をしたり、週末は日産スタジアム等でJリーグの試合を見せたりして、一週間、共にかなり濃い時間を過ごします。こういう形で共通の思い出を持つことで、マレーシアに戻った後、「ヤクルトを取り入れてみようかな」という話に繋がったりします。その時は、13の州のすべての校長会の先生方を連れて行ったので、それなりに費用は掛かりましたが、初めて日本に行くという方も多く、一度行けば今でもその話題が出るほど皆さんの印象に残っているため、年間1億円などのコマーシャル費用などと比較しても、十分費用対効果は有るように思います。空中戦より地に足の着いた地上戦、という感じですね。


~オンラインミーティング中の様子~
左:柏村委員
右上:濱田社長
右下:梅枝委員
あと、2018年から19年ごろに一時期、B40(所得が下位40%に当たる層)家庭の子どもに無償で朝食を提供するという話があったかと思います。実はその前から当社では、各小中学校に日本のような給食を導入してはどうか、ということを州政府等に話をしていたのですが、当時ある政治家から言われたのは、「たとえそれが日本の良いシステムだとしても、何か新しいことを始めるなら、それにかかわる人たちが食べていけるようにしなければならない」ということでした。良いシステムだから導入すればよい、という単純な話ではない、と。そこで、ゼロからの給食導入はなかなか難しそうだと思い、折衷案として、当時政府が計画していた、B40の子どもたちへの朝食無償提供プログラムに、ヤクルトをつけることならできる、というような提案をしたのです。
このプログラムは、予算もついて実現まであと一歩だったのですが、マハティール首相の突然の辞任により、日の目を見ることはありませんでした。これが実現していれば、週に2,3回、約180万人の子どもたちにサンドイッチなどとともにヤクルトを飲んでもらえるはずだったのですが、、、
ただ、この経験も非常に勉強になりました。つまり、1企業として何かをやりたいと思ったときに、地元の既得権益を守りながら新しいものを導入していくような上手い提案をして行かないと、理屈として「社会にとって役立つ」と主張するだけではうまくいかないということです。論理よりはもっと、emotional(感情)の部分で反発を生まないような方法を考えていかないといけないということです。たとえば商品として優れているとか、健康にいいとか、そういう理屈の部分だけではなく、emotional な部分を大切にし、共感を生むような持っていき方をしないと受け入れられないということが良く分かりました。


8.最後に、読者の皆様へ、メッセージがありましたらお願いします。
私ども、BtoC事業を行う企業として、覚悟を持って現地のお客様に向きあってきた経緯があり、今では現地の生活習慣や食習慣を理解したうえでのマーケティングができてきているように思いますが、常に思っているのは、マレーシアは一つにまとまろうとしてはいるものの、実態は3民族(マレー系、中華系、インド系)が互いに干渉せず、それぞれの伝統や先人からの教えを守りながら寄り合って生きている国、といった側面が強いということです。このような複雑な国に対して、どこをターゲットにして自身の商品を売り込んでいくのかを見極めて事業を展開していくことが必要です。つまり、当社がターゲットをマレー系に絞って様々な点で方向転換をしたように、ある意味極端に振り切ったほうが、その属性の方たちの心に刺さって、そこから広がりをもっていくのでは、と感じています。
広報委員会編集委員
柏村 信光/Infinity Financial Solutions
梅枝 雅子/国際交流基金クアラルンプール日本文化センター
<会報159号より抜粋>